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大阪地方裁判所 昭和27年(行)56号 判決

原告 梅本勇

被告 大阪国税局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が昭和二七年七月一二日付で原告に対してなした昭和二五年度所得税審査決定は取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和二五年度の所得税の確定申告をなしていたところ、その申告所得額が茨木税務署の調査額と相当の開きがあつたので、これに関し同税務署係員と交渉を継続中茨木税務署長は突然昭和二六年四月下旬頃原告の申告額を上廻る昭和二五年度所得税の納付督促状を原告に送達してきた。ところで、原告は茨木税務署長より昭和二五年度所得額の更正決定の通知を受けていなかつたのであるが、万が一、再調査請求の期間が経過することを慮ばかり、茨木税務署長のなしたと称する更正決定に対し、昭和二六年五月四日右決定の内容も判明しない儘に所要の記載欄を空白にして右税務署長に対し再調査請求書を提出したところ、同税務署長は右再調査請求を却下する旨の決定をなし、原告は右通知書を同年七月一七日受取つた。しかし、原告は右決定に不服で、同年八月一三日被告に対し審査請求をしたところ被告は同二七年七月一二日付「再調査請求は期限後であり、審査請求には理由がない。」としてこれを棄却した。しかしながら、原告は前記のように茨木税務署長のなしたと称する更正決定の通知を受けていないから、被告の審査決定は違法の処分である。よつてその取消を求める為本訴に及んだと述べた。

(証拠省略)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中茨木税務署長が原告の昭和二五年度所得税再調査請求を昭和二六年七月一七日付で却下決定したこと、原告がこれを不服として、同年八月一三日被告に対し審査請求をなし、被告が同二七年七月一二日付で原告主張のような理由でこれを棄却したこと、茨木税務署長が同二六年四月一六日付で原告に対し昭和二五年度分申告所得税決算書及び納税告知書を送付したことはいずれもこれを認めるが、被告の前記審査決定には何等の違法がない。すなわち、茨木税務署長は原告に対し昭和二五年度分所得税更正決定通知書を第四種郵便を以て昭和二六年三月三〇日発送したから、少くとも翌三一日には原告に到達している。このことは原告と同日発送した原告と同町乃至は比較的近接した納税義務者に対する更正決定通知書が翌三一日にそれぞれ被通知者に到達していることから見ても明かである。したがつて、原告は茨木税務署長に対する再調査請求を一ケ月以内である同年四月末日までにしなければならないのに、この期間を経過した同年五月四日なしたものであるから、被告が原告の審査請求に対し、原告主張のような理由で棄却したことは毫末も違法の点はないと述べた。

(証拠省略)

理由

所得税法第四八条第一項の規定によると、確定申告についての更正決定に対する再調査の請求は、該更正決定の通知を受けて後始めて通知をうけたものからなしうること明かである。このことは、違法な課税処分に対する行政的救済制度である再調査請求が、課税処分の存在を前提とし、そうして、所得税または所得額の確定申告に対する更正決定のような課税処分は納税義務者に対する通知を要件とする行政処分であるから、単に課税官庁の内部において更正の決議がなされただけで納税義務者に通知されない間は課税処分としては存在しないものとみるべきであることに徴するも蓋し当然のこととしなければならない。

そこで、本件についてこれを見るに、原告の訴状によると、原告は所得税又は所得額の更正決定の通知を受領していないことを自から認めるものであるから、再調査請求の目的である更正決定の不存在を主張するものであつて、原告の右主張を前提とする限り、前記所得税法の規定からすると、原告は再調査を請求しうる地位になかつたものというべきである。

したがつて、仮に原告主張の被告の審査決定が、その主張のような理由で違法であつたとしても、原告はその為何等自己の権利を毀損されることはないから、別に前記更正決定の不存在確認等の訴訟を提起するなら格別、被告を相手に抗告訴訟として、被告のなした前記審査決定の取消を求める権利保護の利益を欠くものといわねばならない。(なお附言するが、被告の審査決定には次に述べるような理由から何等の違法はない。すなわち、成立に争のない乙第一、三号証の各一乃至三、第四号証の一、二第五号証の一乃至四、第六号証の一、二、第九号証第一〇号証の一、二、証人山本忠雄、西村皓吉、大西勇、山田広重の各証言を綜合すると、茨木税務署においては、昭和二六年三月二五日吹田市八四名、高槻市原告を含めて三五名、茨木市一二名、その他二四名合計一五五名の納税義務者に対する昭和二五年度所得税更正決定決議書の決裁を了し、同年三月三〇日これに基き右一五五名分の更正決定通知書を茨木郵便局より第四種郵便を以て発送を完了し、右の通知書の中原告と住所の近接する梅本一他三名の分は同年三月三一日それぞれ名宛人に到達したこと、当日頃郵便物の配達状況には何等の支障がなかつたことが認められるから、特段の事由のない限り、原告に対する昭和二五年度所得税更正決定通知書も昭和二六年三月三一日原告に到達したものと認めるを相当とする。右認定に反する原告本人尋問の結果は信を措けないし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。そうして、原告が昭和二六年五月四日右更正決定を不服として茨木税務署長に対し、再調査請求をなしたこと、被告は、原告の審査請求に対し昭和二七年七月一二日付「再調査請求は期限後であり審査請求は理由がない」として棄却決定したことはいずれも当事者間に争がない。そうすると、原告の右再調査請求は、所得税の更正決定の通知があつた日から一ケ月を経過した後になされたものであること明かであるから、前記のような理由で原告の審査請求を棄却した被告の審査決定はもとより正当である。)

よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 相賀照之 中島孝信 仲江利政)

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